知る権利とは?・・・その4
北海道新聞記者の取材源秘匿裁判では記者の取材源が民訴法上の「職業の秘密」に当たるところまでは消極的に認められた形でしたが、最高裁(昭和五十五年三月)は表現の自由との関係の判断を避けました。
法廷の写真を無断でとった北海タイムスの事件についての昭和三十三年の最高裁の臨魁では、「およそ、新聞が事実を報道することは、憲法三条の認める表現の自由に属し、またそのための取材活動も認められなければならないことはいうまでもない」としながらも「しかし・・・・・」と、それに制約があることをるると述べて報道の自由の侵害だと訴える特別抗告を棄却している。
この事例での札幌高裁が「写真の撮影は取材行為というべく、報道のための準備的行為であって報道行為そのものではない」としているのに比べれば、まだいいが、スッキリとしていないことに変りはなく、久保田きぬ子教授は、この決定を評して「取材の自由が確立されることは望ましいが、取材の自由は憲法上承認される自由であり、報道の自由と同じに憲法二一条の保障が認められるということはできない」と説いています。
つまり「承認」される自由と「保障」される自由とがあり、「承認」の方がよりランクが低く、弱いものであるということらしいです。